人生の岐路にたたずむ

悩んでます


プライベートなお話なんですがね

バンド活動





やめちゃおうかな、って




ルイードを経験したから燃え尽きた・・


とかじゃなくて

僕は


なんのためにギターを弾いてるんだか、わからなくなってきた



僕はプロにはなる気はこれっぽちも無いままやってきた。

ギターを手にした時から。

初めてベースを買ったのが忘れもしない

平成元年の1月7日

そう天皇崩御の日、つまり平成の初日だった。

当時中学2年生だったおれはいとこの付き添いのもと友人はギターおれはベースを買った。

帰りにユニコーンの楽譜を買って帰るものの、バンドでやる曲はブルーハーツの「トレイントレイン」に決まった。

僕は練習した。なれない楽譜を見ながら。

けどその努力は実る事はなかった。

バンドは受験の前に一回も音をださずに解散。っていうか勝手なもんで楽器を買った俺達の事はどうでもよかったんだろう。

そのあと高校に入り、バレー部だった自分は楽器と交わらずに生きてきた。

たまーに、置いてあるベースを手にとっては少し爪弾く程度だった。

そのまま時は流れ、ある日何故か友人達とバンドを組もうという話になった。

その時はいくつくらいだったのかな、22歳くらいだったのかな、ギターがいないという理由で俺がギターを始めた。

最初は「尾崎豊」のコピーからはじめ「イエモン」を経てオリジナルへと進化していくのだが、初めてのライブの1ヶ月前にベースがいきなり脱退した。

責任感のカケラも無い行動に頭キター。

先輩にヘルプを頼みなんとか初ライブ。

このときはボーカルもいなかったので俺が歌もやった。

あの時、俺が音楽を再開した理由ってなんだったっけ?



初期衝動ってなんだったっけ?


楽しく音楽をやりたい

激しいビートを感じたい

そんな感じだったはず。

おかげさまで初ライブから現在に至るまで観客が一桁、というライブは味わったことがない。

全然関係のない対バンを見に来てたお客様が気に入ってくれて、その後も見に来てくれた。

これがファンってやつか!と感じた時すげぇ嬉しかった。



今の俺の音楽活動にはファンは付きようがない。

「長谷川さんの作る歌詞やメロディーが凄く好きです」

と言ってくれた人の言葉を今思い出した。

この方はたまたまライブハウスで知り合った、なんの関係もない人でその後も何回も見に来てくれた。

つまりは、そういうことなんだよなぁ。

音楽をやるっていうのは。

一人でも多くの人に歌を届けるのがいいのか


一人でも聞いてくれるなら歌を届け続けるのか


バンドってなんだろう。


取り留めの無い話もなんだけど、


安西先生・・・俺、バスケがやりたいです・・」


そんな三井の気持ちがわかるような気がする


本当の意味のバンドがしたいんだって。


だから、迷ってるんだよなきっと。